前回は、12サインそれぞれの月の“幼い声”と、暴走したときに陥りやすい傾向を一覧でご紹介しました。
今回は、月獅子座×太陽天秤座のケースを例に、月の“幼い声”が太陽のエネルギーによって、どのように叶えられていくのかを見ていきます。
ページの都合上、すべての月サイン×太陽サインの組み合わせをここで解説することはできませんが、組み合わせた時の考え方については、別の記事で詳しくお話ししていますので、よろしければそちらもご覧ください。
→ 関連記事:「月の“幼い声”を太陽のエネルギーで叶えていく」
1.月獅子座×太陽天秤座のケース
•月獅子座:「見て!ほめて!ぼくを一番にして!」
→ 承認欲求が暴走すると、注目されないと不安になり、自己価値を見失う
•太陽天秤座:「関係性の中で自分を洗練させていく、調和的なエネルギー」
──月獅子座の声は、無垢な自己表現の欲求です。
その無垢な欲求を包み込み、現実の中で形にしていくのは、太陽のエネルギーなのです。
2.囚われた“幼い声”がもたらす痛み
月獅子座の「見て!ほめて!ぼくを一番にして!」という声に囚われてしまった場合──
注目されないと不安になったり、承認欲求が満たされないと自分自身に価値を感じられなくなり、自信喪失してしまうこともあります。
そして、何よりも辛いのは、「あいつ、目立ちたがり屋でうざいんだよ。」と周りから言われてしまうこと。
そう言われてしまうと、「そんなつもりないのに…」と、可愛らしい獅子座くんの幼い声は、しょぼしょぼ…と小さくしぼんでしまいます。
太陽天秤座は、関係性の中で自分を洗練させていく、調和的なエネルギー。
だからこそ、余計に自分が調和や空気を乱してしまったときの痛みは、自分自身を、深く傷つけてしまうのです。
そうなったら、もう自分を出すことが怖くなってしまう──
他人の顔色を、ひたすら窺うような生き方になってしまうこともありえます。
繰り返しになりますが、月獅子座の「見て!ほめて!」という声は、太陽天秤座の「関係性の中で自分を洗練させていく」エネルギーによって、叶えられていくことになります。
3.ナチュラルハウスの視点を入れてみる
獅子座と天秤座のわかりやすい対比として、ナチュラルハウスの視点を入れてみましょう。
ホロスコープの基本構造では、12サインと12ハウスが対応しており、
獅子座は5ハウス、天秤座は7ハウスがナチュラルハウスとなっています。
5ハウス=「自分の喜び」や「自己表現」を追い求める領域(自己満足に偏ることも)
7ハウス=「他者との関係性」や「他者とのバランス」を意識せざるをえない領域
月獅子座の「見て!ほめて!ぼくを一番にして!」という声は、自分の中にある輝きを、ただそのまま外に出したいという純粋な衝動です。
それは、まるで子どもが、自分の大好きなダンゴ虫を描いて、「見て!」と差し出すような、無垢な自己表現です。
けれど、太陽が天秤座にあるなら、舞台は“関係性の中での表現”へと移ります。
「自分は、ダンゴ虫好きだけど、皆はそうじゃないのかも…」という気づきがあり、
そこで初めて、「どうしたら伝わるか」「どうしたら心地よく受け取ってもらえるか」を考えるようになる。
つまり──
“自分が満足すること”から、“誰かと分かち合えること”へと、表現の軸が移っていくのです。
このとき、獅子座の月の欲求は“独りよがりな自己満足”から、天秤座太陽が持つ「一般受け」──つまり、他者のニーズを理解した意識によって、人から受け入れられやすい、人生で実現可能なかたちへと昇華されていくことになるのです。
4.太陽のエネルギーで叶えていく
そうなったとき──その幼い声は、もう孤独な叫びではなく、他者から肯定され、誰かと分かち合える喜び──
太陽天秤座は、そんなふうに月の声を優しく包み込み、
“関係性の中で輝く”という、新しい自己価値のかたちを教えてくれます。
それが、月の幼い声を太陽のエネルギーで叶えていくという事なのです。
5.両輪がかみ合い、人生が動き出すとき
月の“幼い声”は、切実で、揺らぎを含んだ「安心したい」という気持ち。
満たしてあげたいと思うけれど、そのまま叶えることが、どれほど危ういか──
「月の“幼い声”を考える①囚われたとき」で、『千と千尋の神隠し』に登場するカオナシのお話をしました。
暴走したカオナシが、その後どうなったかと言うと、千尋が川の神からもらった浄化作用のある“苦い団子”を食べたことで、飲み込んだものを吐き出し、暴走をいったん止めることができました。
けれど、それはあくまで“リセット”であって、そのままでは再び暴走する危うさもありました。
カオナシが本当の意味で落ち着いたのは、銭婆の家で受け入れられ、毛糸玉を巻くという役割を与えられたとき。
「誰かに必要とされたい」「つながりたい」という幼い声が、
太陽のエネルギーに触れたことで、ようやく人生の歯車がかみ合って静かに回り始めた──
そんな瞬間だったのかもしれません。


