月について 傷を負った内なる子ども

当ブログの人気記事は『キロンについて』です。
それだけ自分の抱える傷について悩んでおられる方が多いのだと思いますが、
もし原因不明の生きづらさを感じておられるならば、キロンより月を見るのが先決かなと思います。
なぜなら、私たちの行動の80~90%は内なる子どもによって操られているからです。
西洋占星術では、それは月に表されます。

まずは、月の基本情報から見ていきましょう。

月の基本情報

支配サイン蟹座
公転周期28日
年齢域0~7歳
象徴感情・気質・習慣・癖・私生活・幼少期の環境・素顔・安らぎ・素の欲求・不安定さ・敏感さ・依存的・臆病・繁殖・無意識・イメージ力・過去・日用品・看護・養育
人物母親・妻(男性の出生図において)・女性・一般大衆

月は気質や感情、素の欲求を表しているとされ、0~7歳までに周囲の環境(主に母親による影響)を吸収することで構築される受動的なプログラムであると考えられています。
“知性”が発達してくる水星期の前の段階なので、本能や潜在意識・無意識の領域に強く働き、自動的な反応として表れます。

この時期に周囲の環境(主に母親による影響)から、どのようなことが心に刷り込まれたのかが、月を読み解く鍵となってきます。
また、この時期に自分の存在がありのまま肯定されていると感じることで、自己価値観や他者に対する信頼感も育まれます。
そうなると、「お母さんが私をありのまま肯定してくれなかったから、他者への信頼感がないんだ。」とつい母親を責めたくなるものですが、必ずしもそうとは言い切れません。
母子の相性の問題もあるからです。
例えば、衝動性や多動性の強い子供と生真面目な母親だった場合、必然的にお小言が多くなってきて、子供は常に母親に否定され続けているという状態になりますが、だからと言って母親が全面的に悪いとも言いきれません。

そのように、月に対するハードアスペクトは絶対的な悪によって何かが行われたというものではなく、よかれと思う行動だったとしても、何かしら心の基盤を不安定にさせる影響が残ったという風に捉えた方がよいかと思います。
ただ、厄介なのはこの時に心に刷り込まれたものが、傷を負った内なる子どもとして私たちの行動の80~90%を操っていることで、これは占星術だけの話ではなく科学的にも証明された話です。
もちろん、ネガティブな影響だけではなくポジティブな影響も刷り込まれるのですが、このブログに辿り着いてこれを読んでいるという事は、どうしようもない生きづらさを抱えておられると思い、そうした月が傷ついている人に向けてお話させていただいてます。

私の月のアスペクトの話

私の月は蟹座12°にあり、魚座火星-蟹座月-蠍座天王星から構成される水のグランドトラインの一角で、私はまるでボトルアクアリウムのような自己完結型の内面世界を持つ人ですが、月はASC天秤座冥王星-MC蟹座月-DSC牡羊座太陽で構成された活動宮のTスクエアの頂点でもあるので、その内面世界に安住することは許されません。

常に激しいプレッシャーにさらされ葛藤し、ひと時も休まることはない満身創痍でボロボロな月です。
また、スクエアの出方として、公転周期が遅い天体が速い天体をオフにさせるような作用があるとされています。
つまり、私は生きていくために自分の繊細で敏感な感情がオフになることでなんとか社会生活を送れてはいますが、これ以上傷つけられまいと必要以上に防衛的になってしまっているという状態にあります。
この世界で自分を守ってくれるものは何もないから自分が頑張ってこの世界に適応していかなければいけないと頑張っているのが私という人間です。

なぜ、私の月はそんなにボロボロなのか。

そもそも、なぜ私の月はボロボロなのでしょうか。
そして、みなさんの中にも、普通の家庭環境で育っているのに、出生図の月がやばい事になっていて、でも、確かに生きづらさは出ているし、なんなんだろうなと思っている人もいるかもしれません。
私が思う理由としては、一般的に西洋占星術と言えば地球を基準としたジオセントリック占星術のことを指し、これは自分から見た視点で世界を捉えていく占星術です。
つまり、客観的観点からどういう恐ろしい出来事があったかではなく、自分がどう受け止めたのかという感じで見た方が真実に近づけるのではないかと思います。

そのように捉えなおしてみると私の場合、心あたりが1つ出てきました。
プログレスの月・・・お前だったのか?という記事でも書いたとおり、私はものすごい飽きっぽい人間です。
幼稚園の頃にピアノを習い始め楽しくやっていたのですが、最初に教えてくれていた優しい先生がお引越しされ、性格がきつくて怖い先生の教室に変わったのもあって、すっかりやる気を失いました。
両親的には、やりたいというからピアノを買い与え、教室に通わせてやったのに、全く練習をしない私にかなり苛立っていたと思います。
しかも、将来の夢を聞くと「ピアノの先生になる。」と言う私。
たぶん、本当になりたかったからではなく、ピアノの先生くらいしか職業を知らなかったのと、そういうとみんなが喜ぶと思っていたからではないかと思います。
そして、父親はこの飽きっぽい性格が直らないと将来まずい大人になるから改善せねばと思ったのか、私は無理やりピアノの練習をやらされます。
本当にやりたくなくて、適当にやっていると頭をバチーンと叩かれます。
そうなってくると、しゃくりあげるほど泣くので練習どころではなくなるのですが、いつもは優しい母親も「お顔洗ってこようか・・・」というだけで、この時ばかりは助けてくれないのです。
私は意地になってギュっと握り締めた手を膝の上に置いたまま決して練習をやろうとはしません。
そして、そのまま何時間かピアノの椅子に座ったまま放置される私。
その後のことは定かではないものの深夜までやらされていた記憶はないので、親的に子どもが寝ないとマズいような時間になると、とりあえず解放されていたのではないかと思います。
泣きながら、「明日から頑張ります。」と言っていたような記憶もおぼろげにあります。
でも、その明日になってもやらないんですよ私は。
そして、ピアノ教室の待合室には『ガラスの仮面』がおいてあって、ろくに練習もしないくせに、漫画は夢中になって読む私に先生もイライラしてあたりがキツイ。
この恐怖で苦痛な時間は、バイエル上下巻が終わるとともに終了しました。
たぶん、親がせめて基本くらいは身につけなければ習った意味がないという区切りがそこだったのかなと思います。
ただ、弟がバイエル上下巻も終わっていないくせにしれっと一緒に辞めたのは、モヤモヤします。
大人になった私の視点では、「練習くらいちゃんとしなさいよ。」と思うし、むしろ先生や親が気の毒になるくらいですが、その時の私は本当にやりたくなかったのです。
恐らく、ただ単に飽きたというだけではなく、ピアノの先生が嫌い→ピアノも嫌いといった感じだったのではないかと・・・。
親も諦めたのか、それ以降は無理な押し付けをすることはなくなりました。
けれど、この出来事が影響したせいか私はすっかり自分を意思薄弱なダメ人間と思うようになってしまいました。
また、自分のもうやりたくないという気持ちを無視され、強制的にピアノをやらされたせいか、私の怒りの感情のトリガーは、『私の気持ちを無視され、何かをやらされる」になってしまいました。
客観的にそこまで怒ることではなかったとしても、私の頭の中では『私は価値のない人間だから、私の気持ちを無視していいと思っているんだ。』となってしまい感情的に爆発してしまうのです。
私の場合は、そのトリガーを自覚したことによって、感情的に爆発するような事はあまりなくなりました。

もし、こうでありたいという自分の理想があるのに、それをなぜか台無しにしてしまう自分がいるなら、一度月の状態をじっくり検証してみると良いかもしれません。













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